院長です。しばらく更新が滞っておりました。
これまで3回にわたって、赤ちゃんに関することに触れてきました。長い進化の過程で、ヒトは直立歩行を獲得するとともに、養育者側の子育ての負担が他の哺乳類に比べて圧倒的に重くなりました。お母さん一人で子育てをすることは難しく、お父さんやその他の周囲の人たちのサポートがとても重要となりました。一方で進化の過程は、親子がしっかりと愛着形成できるよう、赤ちゃんと大人の両方にそのための仕掛けを準備してくれました。特にお母さんとの間には、特別な仕掛けがあることがわかっています。
赤ちゃんの脳において、においの記憶に関する領域は、出生直後に非常に活性化していることがわかっています。赤ちゃんは生まれてすぐにお母さんに抱っこされることで、その後はにおいにより自分のお母さんを識別できるようになります。視覚については、生まれて間もない赤ちゃんの視力は、0.02~0.03といわれています。ちょうどおっぱいを吸っているときに、お母さんの顔にピントが合うようになっているのです。目が自分を見ている顔を好む赤ちゃんは、授乳を通してお母さんの顔を認識するようになります。また、授乳のときに分泌されるホルモンであるプロラクチンとオキシトシンは、それぞれ母乳の産生と射乳反射に働きますが、ともに母性行動を促進するという働きを持ち合わせています。生まれたばかりの赤ちゃんは、安定した子宮内の環境から外の世界に放り出され、不安いっぱいの状態です。お母さんが赤ちゃんを抱っこしたり、母乳を与えたり、オムツを替えたり、なだめたりすることで、赤ちゃんに安心感を与えることができます。そういう繰り返しにより、お母さんはお母さんらしくなり、赤ちゃんはこの世界が安心できるものと感じ、お母さんを無条件に信頼できる人として認識していきます。お母さんと赤ちゃんの間の愛着の形成は、妊娠・出産から続く生物学的基盤を持つものなのです。
はじめに触れたとおり、子育てはお母さん一人でできるものではなく、周囲のサポートが欠かせません。そして生物学的基盤を持たないお父さんには、お母さんと赤ちゃんをまるごと包み込む存在となり、お母さんが安心して赤ちゃんに向き合える環境を作るという立派な役割があるのです。
このように生後早期の育児におけるお母さんとお父さんの役割は、大きく異なっています。お父さんがお子さんと直接かかわる必要が出てくるのは、社会性が発達する段階であり、生後早期においては、お母さんと赤ちゃんのサポート役としての立場が主体です。それぞれの役割には違いがあることを、よく理解しておく必要があります。
数年前から「イクメンプロジェクト」というものが、厚生労働省主導で推進されています。大まかに言えば、お父さんの育児参加を促し、仕事と子育ての両立を図ろうというものです。お父さんの育児参加は必要かつ重要で、その点において異論はないのですが、プロジェクトの内容をよくみると、お母さんとお父さんの育児における役割の違いについては、あまり考慮されていないように思います。家事はできる限り分担するべきものと思いますが、育児については、お母さんとお父さんがお互いの役割を理解し、協力していくことが重要なのではないかと思うのです。 (2014.6.16.)