院長です。今回は「母乳とむし歯」について。
先日のおはなし会で、母乳とむし歯についての質問がありました。1歳半健診の時に、「母乳を飲んでいるとむし歯になるから」という理由で、母乳をすぐやめるように保健師さんや歯科衛生士さんから指導されたというのです。最近助産院にも、健診時の指導をきっかけに母乳をやめようと試みて、おっぱいトラブルとなった方の相談が何度かありました。さて、母乳とむし歯、これらの間に関連はあるのでしょうか。
【むし歯の原因】
1.細菌:むし歯の原因となる細菌は、ミュータンス連鎖球菌(以下、ミュータンス菌)です。生まれた時には、赤ちゃんの口の中には存在しません。主にお母さんから感染するとされています。むし歯は、ミュータンス菌が作り出す酸によって、歯が溶かされていく(脱灰する)病気です。
2.糖質:歯を溶かす酸の原料は糖質です。むし歯に関係しているもので最も注意すべき糖質は、砂糖(ショ糖)です。砂糖は唯一、糖質の分解過程において不溶性グルカン(水に溶けない歯垢の元になる)という物質を作り出します。ちなみに母乳中に含まれる乳糖は、むし歯の直接の原因にはなりません。
3.個人の抵抗性:唾液には酸に対する緩衝作用があります。ミュータンス菌によって作り出された酸により口の中のpHが低下しますが、唾液は低下したpHを回復させる働きがあります。
4.時間:上記3つの要素が歯の表面で発生し、時間が長くなるほどむし歯は発生しやすくなります。
具体的な過程は、口の中に取り込まれた糖質がミュータンス菌により分解され、粘着性の強い不溶性グルカンを作り出します。これが歯の表面に付着することで、ミュータンス菌が歯の表面に付着しやすくなり、歯垢(プラーク)の形成が促進されます。糖質が口の中に取り込まれるたびに、ミュータンス菌は糖質を分解し、歯垢をつくって増殖していきます。その際に酸が作られ歯が持続的に溶かされることになり、むし歯が進行することとなります。
母乳や離乳食を与えた後に歯をきれいにすると、唾液中のカルシウムが脱灰部分に沈着しやすく、元に戻すことができます。これを再石灰化といいます。日々歯をきれいにしておくと、母乳を与えても歯の表面では脱灰と再石灰化が交互に起こり、歯を健康に保つことができます。しかし、歯をきれいにしないで歯垢がたまった状態では、脱灰が長く続き再石灰化が十分できないためにむし歯になります。特に夜間は唾液の分泌が減少するので、さらにむし歯になりやすくなります。母乳そのものはむし歯の直接の原因ではありませんが、「口のケア」が悪くて歯垢がたまり、母乳と食物残渣が口の中にあれば、むし歯のリスクがとても高くなるのです。
【対策】
前歯が生えてからは母乳と食物残渣が歯の表面に残らないよう「口のケア」が大切です。
1.上の前歯が生えたら離乳食後に指に巻いたガーゼや綿棒で歯を清拭します。1歳過ぎの年齢では、離乳食後に丁寧に歯を磨きます。離乳食後ごとに磨くのが理想ですが、難しいようなら夕食後にしっかり磨き、他のときは水またはお茶を飲ませ、すすぎの効果を得るようにします。
2.第一乳臼歯が生え始め、噛みつぶしができるようになる離乳の完了頃には、様々な食品を食べるようになります。歯の表面に砂糖を含む食物残渣が残っているところへ母乳が加わると、むし歯のリスクがとても高くなります。したがって、この時期を過ぎても母乳を与える場合は、歯の清潔に特に気を配る必要があります。
子どものミュータンス菌は養育者から伝播します。むし歯が多い養育者の唾液の中にはミュータンス菌が高濃度に含まれているので、伝播しやすく注意が必要です。ミュータンス菌が少なくても、食べ物を口移しで与えたり、歯ブラシを共有することは避けましょう。一方、養育者にむし歯が無いか治療が完了していれば、子どもにミュータンス菌は伝播しにくいとされています。このことからも、子どものむし歯予防には子どもの口のケアだけでなく、養育者の口のケアが大切です。 (親子のキス程度ではミュータンス菌は伝播しないので、スキンシップを大切にしたいものです。)
このように母乳とむし歯には、直接の関連はありません。したがってむし歯の危険性を理由とした断乳は、全く必要のないことなのです。 (2016.2.10.)
参考資料 :①母乳とむし歯-現在の考え方:小児科と小児歯科の保健検討委員会
②母乳とむし歯を考える:日本母乳の会