院長です。先週の金曜日(24日)に、2回目の「小児科の先生とおはなししよう」を開催しました。7名のお母さまが参加くださいました。初めに「愛着形成の視点から母乳育児・離乳食を考える」というテーマで30分ほど話させていただき、その後、お母さま方からの質問に答える形で進行させていただきました。私がお話しした内容は、以下のようなものでした。
・最初に、生まれたばかりの赤ちゃんを母親のお腹の上にのせると(バースカンガルーケア)、生後50分くらいまでに多くの赤ちゃんが母親のお腹の上を這いあがりおっぱいを吸い始める、というビデオを見ていただきました。この映像を通して、『生まれたばかりの赤ちゃんでも、他の哺乳類の赤ちゃんと同様に自らおっぱいを探し当て吸いつくことができる。ヒトの赤ちゃんは、決して何もできない存在ではなく、多くの能力を持って生まれてくる。』ということを知っていただき、それを前提としてお話しさせていただきました。
・バースカンガルーケアでは、皮膚接触中に母親の乳房間温度が上昇します(父親との接触では生じません)。赤ちゃんの不安が緩和され、胎外生活への適応過程がスムーズに進行することになります。しばらくすると、breast crawlingと呼ばれる母親の腹部による足底への刺激に応じた歩行反射が発現し(上記のビデオでお見せした行動)、生後50分ごろには70%以上の赤ちゃんが乳頭に吸着し吸啜します。授乳により、母親の関心は、子宮と腹部から、一気に乳房に移動することになります。育児における母親の胸は、わが子をあやす場・愛の身体表現の源となり、赤ちゃんにとって母親の胸は、不安や否定的感情を癒す場となります。
・育児とは親と子の言葉によらないコミュニケーション、つまり赤ちゃんの出すサインが示す内容に、親がいかに応じるかで成り立つ営みと言えます。その視点から、母乳育児を考えてみましょう。
・授乳に際しては、「泣く前に授乳する」ことが大切です。具体的には、赤ちゃんのサイン(声を出す、口を開く・窄める、口唇をピチャピチャさせる、手を吸う)⇒お母さんが近づく⇒赤ちゃんの動きがさらに強まる⇒オッパイを吸わせようとする、という流れです。つまり…、赤ちゃんの哺乳行動がお母さんの情動(心の動き、感情の高まり)を引き起こす⇒お母さんが主観的に認識する⇒なんらかの行動で赤ちゃんに働きかける⇒赤ちゃんはそれを強弱やスピードといった無様式的に知覚する⇒お母さんは、自分の行動が児の状態を変化させていることに気づき、母親としての有能感を感じる、ということになります。赤ちゃんは、自分の行動によってお母さんに変化が起きたことに気づき、自分が何かをすれば何かが起きる、という自己感が芽生えます。お母さんは日々の授乳の中で感じ取ったことを基に、その他のことについても、わが子の出すサインを読み取る直感的認知のレパートリーを広げていくことになります。
・母子交流の3要素
①母子間の相互交流調制:赤ちゃんの混乱のサインを受け取った母親が、まずはその混乱に巻き込まれず、自分自身を落ち着かせ、そして、子に関わり合いながら混乱を沈めていくこと。たとえば泣き出した赤ちゃんを抱っこし、「よしよし、どうしたの?」となだめながら、自分自身も赤ちゃんの情動レベルの変動に合わせていくこと。
②育児場面での情動の高まりの共有:児の遊びや発見に対して、母親が自分自身もわが子と自分を同一化して喜ぶこと。例えば、できそうでなかなかできなかった寝返りがようやくできて喜んでいる赤ちゃんに、母親も思わず手を叩いて一緒に喜ぶ、など。
③体験の断絶と修復:赤ちゃんのことをわかろうとする母親と、母親に分からせようとする赤ちゃんが、どうしても分からず、分からせられず、その体験が直感的に「ああ、そうだったのか!」とお互いに腑に落ちたときに、その断絶体験は修復される。相手に分からせた、相手を分かった、ということから、基本的信頼感が生まれ、一段と高い関係性を獲得する。
・母子交流の3要素をふまえて、「離乳食に関する常識」の問題を考えてみます。
羊水中には、数多くの味覚刺激物質ならびに匂い物質が含まれています。これらの多くは母親の食事に由来するもので、赤ちゃんは母親のおなかの中にいるときから、味覚・嗅覚刺激を受けていると考えられています。バースカンガルーケア中には、母親の乳輪からでる匂い物質に赤ちゃんが惹きつけられ、乳輪吸着行動を引き起こすことが知られています。生まれてからは、母親の食事に含まれる味覚刺激物質が母乳に移行しますから、母乳を飲むことにより母親の食事の中の味覚刺激物質に曝されていることになります。子どもの味覚の発達には、母親の食事、つまり家族の食事の味と匂いが大きな影響を与える、ということです。また、赤ちゃんの吸啜・嚥下行動は、哺乳瓶による哺乳と乳房からの哺乳では異なり、咀嚼筋の発達と下顎の発育にも差がみられます。
ところが、離乳食は「薄味あるいは素材のみの味」とし、「ゴックンと飲み込めるもの」から始め、徐々に咀嚼運動を鍛錬していき、固形食に移行するとされています。しかも、じっくりと訓練するには母親が落ち着ける時間帯に子どもを座らせ、一さじずつ一対一で与えるといいます。赤ちゃんは、離乳食開始の段階で母親の食事に基づいたさまざまな味や匂いを体験しており、母親の乳頭への接触・吸啜体験に基づいた口内知覚の発達を遂げています。にもかかわらず、いわゆる「典型的な順序で進める」ことは、赤ちゃんがそれまでに培ってきたものとはそぐわない、一種の断絶体験となってしまっています。しかも、権威による押し付け・常識と言われる知識が母親に刷り込まれているために断絶が修復できなくなり、母乳の子は離乳食を嫌う、ということになります。そして、母乳を飲ませすぎるから離乳食を食べないのだというさらなる圧力を生み出しているのです。離乳食は家族の食事を通しての味覚の共通発達の上で始められるべきで、家族の食べているものから、母親が直感的に「これは食べられそうだな」と感じるものから始められるべきなのです。
離乳期は主観的自己感が発現する時期であるため、間主観的に相手の主観を直感的に理解するようになる時期です。母親が「離乳食の常識」に縛られ、乳児に黙々と離乳食を与えようとするとき、その表情の裏にある母親の怒り、自信喪失、悲しみ、傷つきを感知するようになり、それを引き出してしまった赤ちゃん自身の中にも否定的な自己感が育つきっかけとなってしまうのです。
母親の食べているものを分け与えて、この子はこんなものも食べられるんだという情動の高まりを共有することは、愛着形成の上でとても大切なことだと思います。
【参考文献:堀内勁:母乳育児の意義と有用性. 新生児栄養学(メジカルビュー社);103-107】
長くなってしまいましたが、私のお話はこのような内容のものでした。その後は離乳食に関すること、卒乳に関することなど、さまざまな疑問にお答えし、またお母さま方の経験も教えていただき、あっという間の1時間半でした。
10年以上前から、離乳食は家族の食事に基づいて始められるべきで、時期に合わせて刻んだりつぶしたり手を加える必要はありますが、家族の食事の一部を分け与えることを基本としましょう、とお話ししてきました。家族の食事の時に一緒に食卓を囲み、その時に赤ちゃんにも一緒に食べてもらう、食事の時間を共有してもらうようにとお話ししてきました。母と子の愛着の形成を考えるとき、母乳で育てることの重要性はよく指摘されていますが、実は離乳食のすすめ方もまた重要であることがわかっていただけたかと思います。「離乳食教室を開いてほしい」というご希望を以前よりお寄せいただいているのですが、このような経緯もあり、よくあるような具体的な献立をお示しするような離乳食教室は開けずに現在に至っています。今回のようなお話でよければ当院での離乳食教室として考えてみたいと思いますので、ご希望の方はお問い合わせのページからご連絡いただければ嬉しいです。
この会、第3回も開催したいと思います。11月は14日(金)の14時からの予定となりました。詳しいことは、近日中にご案内差し上げます。次回も今回のような形式で行いたいと考えていますので、取り上げてほしいテーマなどがあれば、お問い合わせのページを通じてご希望をお寄せください。よろしくお願いいたします。 (2014.10.27.)