院長です。昨日は「小児科の先生とおはなししよう」の日でした。今月のテーマは「母乳とくすり」でした。赤ちゃんを母乳で育てているお母さんのくすりの服用については、実は医師間で考え方の相違があります。同じくすりが授乳可能と言われたり、不可能と言われたり…。また、授乳の一時的な中止を指示され、ミルクを与えたところ、赤ちゃんの顔にブツブツができ受診、そんなことが実際に起きています。これでは困ってしまいますね。そこで今回、授乳中のお母さんの服薬について、お話しさせていただくことにしました。
実は授乳中のお母さんへの薬剤投与について、統一されたガイドラインがありません。医療者の多くは、医薬品添付文書に従って説明することが一般的です。
日本の医薬品添付文書の「授乳婦への投与」の欄に記載のあるくすりのうち、「投与中は授乳を中止させる」と「授乳を避けさせる」と記載されているくすりが約3/4、残りは「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にだけ投与する」と記載されています。つまり、医薬品添付文書の記載に従うと、くすりを服用したお母さんのほとんどが授乳できないということになってしまいます。
では、医薬品添付文書に記載されている授乳婦への注意は、どのように決定されるのでしょうか?
医薬品添付文書に書かれていることの根拠の多くは、動物実験(主にラット)でのデータに基づいています。ヒトの母乳の成分と実験動物の母乳の成分は大きく異なっており、母乳中への薬剤移行も異なります。つまり動物実験で得られた情報は、参考にはなるものの、ヒトには当てはまらないことが多いのです。実際、ラットの母乳中への薬剤移行が認められたとしても、ヒトの母乳では移行量がそれよりもかなり少なくなると考えられます。にもかかわらず、ラットで薬剤移行がわずかでも認められれば、「投与または授乳の中止」となっているのが現状です。これは、製造物責任法(PL法)対策に基づくものであり、企業の論理が優先された結果と考えられます。
UNICEF/WHOでは「ほとんどのくすりは非常にわずかながら母乳に移行するが、赤ちゃんに影響のあるものはほとんどなく、授乳をやめることのほうがくすりを服用するより危険である」と発表しています。そしてわが国でも、平成19年に出された「授乳・離乳の支援ガイド実践の手引き」において、「母親が服用した薬は、ごく微量ではあるが母乳に分泌される。しかし、特殊な薬(抗悪性腫瘍薬、特殊なホルモン剤、抗精神病薬など)を除けば、ほとんどの薬は赤ちゃんに悪影響は与えない。そのため、授乳を中止する必要がない場合が多いが、医師に相談してから服用することが望ましい」と記載されていて、添付文書に従うようになっていないのです。
赤ちゃんが母乳を通して実際にどの程度、薬剤を摂取することになるのか、その指標をRIDと言い、以下の式で求められます。
RID=乳児の摂取量(mg/kg/日)/乳児の治療量、もしくは母体の摂取量(mg/kg/日)
実際には母乳からの薬剤摂取量は、赤ちゃんを治療するときに投与される量の10%にも満たないことがほとんどなのです。
お母さんが服用したくすりが母乳を通じて赤ちゃんに移行しても、悪影響を及ぼすことはほとんどない、ということがお分かりいただけたでしょうか。
大切なことは、お母さんが正しい情報を得て、納得のいく選択ができることです。我々はただ授乳を続けても大丈夫だと伝えるだけではなく、お母さんの不安に耳を傾け、必要かつ十分な情報を提供し、授乳を継続するよう励ますことが大切だと考えています。また、お母さんが授乳の中断を選択した場合でも、問題なくそれが実施できるように、さまざまな方策を伝え支援することも大切だと考えています。
授乳中に体調を崩しても、くすりは飲めないと思って受診を躊躇される方もおられるようです。授乳中の服薬について、必要な情報はその都度提供しますので、遠慮なく当院までお問い合わせください。
来月は9月30日(金)に開催予定です。テーマが決まりましたら、改めてお知らせします。 (2016.8.27.)