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これまでの歩みを振り返る その2:お産に立ち会うこと
院長です。今回は、お産の立ち合いについて書きたいと思います。
かつて日本では、お産のほとんどが自宅で行われていました。第二次世界大戦以降に病院や診療所でのお産が増え始め、1960年に全体の半数を超えるようになり、今では99%のお産は、病院または診療所で行われています。
小児科医がお産に立ち会うことが一般的になってきたのは、1970年代後半からです。それ以前は、産科医が新生児の処置も兼任するのが一般的でした。それまでは、仮死状態で生まれた赤ちゃんの蘇生も産科医が行っていましたが、より高度な蘇生技術(気管挿管や人工呼吸管理など)が求められるようになり、「生まれた直後の赤ちゃんを専門的に診る医師」としての新生児科医(小児科医)の必要性が認識されるようになりました。
現在では、「早産・低出生体重児」、「胎児機能不全」、「帝王切開(特に緊急)」、「先天異常が疑われる場合」など、ハイリスクの分娩の場合は基本的に小児科医(新生児科医)が立ち会い、それ以外のお産の場合は、必要な状況が生じた場合に連絡を受け、駆けつける体制となりました。つまり、「すべての分娩に小児科がいるわけではないが、必要な分娩には確実に関与する」という体制になっています。
わたしが産科の医師と協働開業することになったとき、「赤ちゃんに何かあったら呼ぶから、その時にきてくれればいい」と言われていました。わたしも、開院前まではそのつもりでした。わたしが到着するまでは、産科医である彼が対応してくれるから。しかしよく考えると、生まれてきた赤ちゃんの状態が悪かった時の対応は、時間との戦いでもあります。1分1秒の遅れが、その子のその後の人生に大きく影響することは、新生児科医として身に沁みてわかっていることでした。
小児科と産科のクリニックの協働開業は、日本中を探しても他に無いものでした。小児科医・新生児科医としての経験と技術を持っているのであれば、自分が望んでいた環境を得た以上、赤ちゃんにとって万全の体制を自らが創るべきだろう。そう考えて、開院からすべてのお産に立ち会うことにしたのでした。
このような決断をするにあたっては、わたしにはひとりのモデルとなる先生が居ました。神戸市のパルモア病院を創設された三宅廉(みやけれん)先生です。先生との繋がりについては、この記事にまとめられていますので、よろしければお読みください。
今回はここまでにしたいと思います。お読みくださりありがとうございました。次回は、実際にお産に立ち会ってみて経験したことを書きたいと思っています。