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助産所を併設した小児科クリニック
私は小児科医として13年間の勤務の後、2002年に産婦人科医とともに開業しました。一般小児科診療に加え、原則としてすべてのお産に立ち会い、たくさんの赤ちゃんとお母さん、そしてご家族と触れ合う機会を得て、多くのことを経験させていただきました。そこで学んだことを大切にし、さらに発展させたいと考え、新たに助産所を併設した小児科クリニックを立ち上げました。
出産施設の中で助産所は減少傾向にあり、助産所で生まれる赤ちゃんは全体の約0.5%となっています。助産所には産婦人科医はいませんから、助産所でお産をできる方は自ずと限られてきます。いわゆる産科リスクのない自然分娩が可能と考えられる方だけが助産所でのお産が可能なのであり、さらに嘱託医の確保と母体救急搬送システムにより母の安全が確保されることになります。
お産の施設分娩化と児童虐待の問題
少し話は変わりますが、米国では、お産の施設分娩化(自宅分娩から施設での分娩に移行)が1930年代に起こり、その30年後の1960年代から児童虐待の問題が浮上してきました。日本における施設分娩化は1960年代であり、米国と同様、その30年後から児童虐待が大きな問題となり、現在に至っています。
米国の研究者の報告では、妊娠中から子どもが2歳になるまでの長期間、継続的な母子支援を看護師らが行うことで、虐待が著明に減少するだけでなく、子ども達の発育・発達も良くなるとされています。児童虐待を予防できるのは、妊娠中から分娩、そして新生児期から乳幼児期に渡っての母子への支援であるというエビデンスが出てきているのです。
米国では虐待予防の観点から、母と子の絆、親と子の絆の形成のため、1980年には夫の分娩立会いが7割を超え、分娩施設での母児同室が推進され、1990年からは小児科医による母乳育児推進が行われています。
一方日本では、最近になってようやく、これまで議論の中心となっていた虐待が起こってからの対応の方法だけではなく、妊娠中からの虐待予防に目が向けられるようになってきたばかりです。そして、その一番のポイントは、どのようなお産をするか、すなわち「よいお産ができたかどうか」なのです。
「よいお産」とは
「よいお産」とは、母となる女性が「自分の力で産んだ」と感じることができ、「この子を産んでよかった」と心から思えるものであり、それは、母と子の絆を形成する上で一番の基礎となるものだと思います。「よいお産」のためには、遅くとも妊娠中からの充分な準備が必要であり、それにより医療介入のない自然なお産が可能になるのだと思います。
助産所でのお産は、一人の助産師が妊娠期から育児期にわたり一貫して援助するというものであり、お母さんは妊娠中から助産師と十分に信頼関係を築いた上で、安心してお産に臨むことができます。その安心感により、お母さんはお産の流れに身を任せ、自分のありのままを出すことができるようになります。繰り返し寄せる陣痛の中でも気持ちに余裕ができ、一緒に頑張っている赤ちゃんのこともちゃんと意識できるようになるのです。
そして、お母さんにとっても赤ちゃんにとっても一番いいタイミングで生まれてきてくれるのだろうと感じます。このような自然な形でのお産ができたとき、お母さんは「産ませてもらった」のではなく「自分の力で産んだ、やり遂げた」と感じることができます。同時に、どれほど疲れていても赤ちゃんをしっかり抱っこし、赤ちゃんにねぎらいの言葉をかけてくれます。
母と子の安全を確保する
「よいお産」のためには、母と子の身体的・物理的安全の確保はとても重要であり、母の安全の確保のために、ほとんどの助産所では嘱託医と母体救急搬送システムが確保されています。その一方で、生まれてくる赤ちゃんの安全の確保は、一般には決して充分とはいえません。
この状況は、お産を扱う助産師にとっては大きな不安要素であり、それが「よいお産」の遂行の妨げになることも考えられます。赤ちゃんが病的状態に陥った場合の対応は一刻を争うものであり、この不安要素を取り除くには、小児科医もお産に立ち会うという体制が必要なのです。実際のお産の場に小児科医が立ち会うことで、お産を受け持つ助産師を赤ちゃんへの対応から開放し、それが助産師の安心と自信につながり、「よいお産」につながるものと思います。
お産を、母と子の身体的・物理的安全の確保という一つの側面からだけで考えるのではなく、妊娠期からその後の長く続いていく育児の期間の流れ中で常に母と子に寄り添い支え、「将来にわたる母と子の安全を確保する」という側面からも考える、という視点が重要なのだと考えています。
母となる女性と未来を担う新しい命のために
以上のような理想的な体制の構築には、一人の助産師が妊娠から出産、その後の育児までの期間を通して、お母さん、そして赤ちゃんを支援する体制がまず必要です。その上で、小児科医も妊娠中からお母さんとの関係を作り、お産に立会い、その後のお母さんと赤ちゃんの成長を長期間フォローできる体制が必要だと考えました。
助産院と小児科クリニックの融合という発想は、このような経過を経て生まれたものです。対応できるお産の数は限られていますが、これから母となる女性と未来を担う新しい命のために、私はこのクリニックを設立しました。
くわはらこどもクリニック 桑原 勲
院長プロフィール
桑原 勲
1989年に奈良県立医科大学卒業。一般小児科に従事した後、1992年より静岡県立こども病院新生児科、奈良県立医科大学付属病院、奈良県立奈良病院で新生児医療に従事。2002年にくわはらキッズクリニックを開業。創愛クリニック小児科を経て、2012年10月にくわはらこどもクリニック開設。