新型コロナウイルスの検査について

院長です。
毎日、新型コロナウイルスに関するニュースが報道され、新たに感染した人の報告が続いています。そんな中、診断のために行われている「PCR検査」が保険適応となりました。PCR検査とは、「遺伝子を速く大量に増幅させ特有の遺伝子の有無を調べる検査」のことです。新型コロナウイルス感染症では、鼻やのどの粘膜から採取した検体を使用し、特有の遺伝子が増えれば“陽性”、増えなければ“陰性”となり、陽性であれば新型コロナウイルスに感染していると判定されます。

ところでこのPCR検査は、どのくらいの精度があるのでしょうか。臨床検査の精度管理にはさまざまな指標がありますが、そのうち“感度”というものが重要な指標とされています。感度とは「真の感染者に検査したとき、検査が陽性となる割合」というものです。これ以外に、特異度(非感染者に検査したとき、検査が陰性となる割合)、陽性的中率(検査が陽性のとき、実際に罹患している割合)、陰性的中率(検査が陰性のとき、実際に罹患していない割合)があります。
実は、新型コロナウイルス感染症に対するPCR検査の感度は高くなく、おそらく70%以下だろうといわれています。仮にPCR検査の感度を70%、特異度を90%とします。その検査を、100人中10人が新型コロナウイルスに感染している集団(実際にはもっと低い割合ですが)に行った場合を示したのが上の表です。感度は7/10なので70%、特異度が81/90なので90%です。陰性的中率は81/84で96.4%、陽性的中率は7/16で43.8%となります。つまり検査が陰性の場合、大部分の人は実際に罹患していないのですが(それでも3人は陽性と判定されてしまいます)、検査が陽性の場合、半数以上の人(この表では16人中9人)が実際には罹患していないことになります。PCR検査の対象を広げれば広げるほど、実際に罹患していないのに検査陽性と判定される人の割合が増えていくことになります。軽い風邪症状というだけの人でも希望すれば検査ができる、ということになると、実際には感染していない人を長期間隔離したり、入院させたりしなければならなくなるのです。

以上のことをふまえて、この検査の対象を制限なく広げることの問題点をあげてみます。
①この検査は、1回あたり1万8000円もする検査です。風邪症状だけで使い始めれば、本来は必要のない医療費の増加を招くことになります。
②PCR検査では、鼻やのどに綿棒を突っ込んで検体を採取します。その際に多くの人は、激しく咳き込みます。このときエアロゾルと呼ばれるウイルスを含んだ粒子を大量に拡散させます。新型コロナウイルスは、サージカルマスクでは防ぎきれない可能性が指摘されており、小さなクリニックの診察室だと換気が不十分なこともあり、医療従事者の感染リスクとして心配されています。さらに、十分な換気もしないまま、次の患者さんが診察室に入ると、その患者さんすら感染してしまうリスクになります。ですから、このPCR検査は小さなクリニックで行うべきではなく、それなりの設備をそなえた医療機関でのみ行うべきなのです。
③現時点において、電車に乗っても、スーパーに買い物に行っても、新型コロナウイルスに感染する可能性はほとんどないと考えられています。唯一例外なのが病院の待合室です。症状の軽い人までPCR検査を目的に病院に集まってしまうと、待合室に人混みができてしまいます。病院に行ったばっかりに新型コロナウイルスに感染して帰ってくる。そんなことが起きてしまう可能性が生じてしまいます。

検査を行うには機械、試薬、検査技師が必要で、検体を運ぶ人も必要です。これまで医師が必要と判断しても、そのすべてを受け止めるだけの検査体制がありませんでした。今回、民間の検査機関が参入して検査体制が強化されましたが、民間の検査機関における体制もまだ十分ではありません。万一、検査依頼が殺到してしまうと、重症患者への検査ができなくなってしまう恐れがあります。ですから、どこの医療機関でも検査を実施してくれるわけではなく、感染が確認された患者さんの入院体制までが整った医療機関に絞っています。全国に844ある「帰国者・接触者外来」を中心に、都道府県が指定する医療機関のみで実施されます。
症状が4日以上長引いているとか、倦怠感が強い、息苦しい、食事がとれないなど、症状が重いと感じるようでしたら、迷わず医療機関を受診してください。しかし、早めに受診しても重症化を予測することはできませんし、軽症の段階から使用できる治療薬もありません。高齢者や基礎疾患がある方については、重症化するリスクが存在しますから、体調のことで気になることがあったり、2日程度たっても症状が改善しないのであれば、(新型コロナウイルス感染以外の可能性もふまえて)かかりつけ医に早めに相談することをお勧めします。
お子さんについては、親として病院に連れて行った方がいいと思うなら、迷わず受診させてください。ただし、「大丈夫そうなんだけど、不安だし、念のため検査してもらおうかな」だったら、家で安静にしておいた方が良いと思います。

他国の検査体制と比較して、日本の検査体制を批判する意見もあるようですが、上記のようなことを総合すれば、現状の体制がより良い体制であると思います。  (2020.3.8.)